Facebook Twitter

Les Quatre Grans Cròniques

Jaume I

次に余の誕生の次第について語りたい。まず余がいかにして母の胎内に宿ったかを語ろう。余の父ペドロ王は我が母マリア王妃に会おうとはしなかったが、ある時王がラットに滞在中、我が母なる王妃はミラバルに来ていた。王の元にギリェム・ダルカラーという大公が訪れ、ミラバルに来て欲しいと熱心に頼んだ。そのために王がその町に足を運び、こうして二人が一緒になった夜、我らの主は私が宿ることをお望みになった。そして、我が母王妃は自分が身ごもったことを知るとモンペリエに戻った。その町のトルナミラ家の邸宅で、聖母の御浄めの祝日の前夜に私が生まれることを主はお望みになった。我が母は余が生まれるとすぐに、聖母の教会に送った。余は人々の腕に抱かれ運ばれていったが、教会では朝課が唱和されていた最中であった。我らが門をくぐったとき、”Te Deum laudamus”が歌われ始めた。聖職者たちは余がそこを入ろうとしていたことを知らなかったが、我らはその聖歌が歌われていたときに門をくぐった。

次に聖フェルミン教会に運ばれた。聖フェルミン教会に入ろうとしたとき、今度は”Benedictus Dominus Israel”が歌われていた。母の家に帰ってこのことが報告されると、母は余に起こったこれらの吉兆をとても喜んだ。

そして、12本の大きく重いロウソクを作らせ同時に火をつけさせた。ロウソクにはそれぞれ12使徒の名前が刻まれていた。母はその中で最も長く燃えたロウソクの使徒を余の名前にすると我が主に約束した。その結果、聖ヤコブのものが他のものより優に指三本分くらい長くもった。そこでこのためと、神の恩寵のおかげで余は「ハイメ」の霊名を受けたのである。以上が、余の母君と余の父君ペドロ王から余が生まれた次第である。これは神の御業と思われる。と言うのは、余の祖父王があの皇妃を娶るという約束が果たされなかったが、その代わりに後になってビザンツ皇帝マヌエルの皇女と余の父王ペドロが結婚し、それによって前の流産した結婚が回復されたからだ。この他に、余が揺りかごに横たわっていたとき、天窓から石の塊が投げ入れられたことがあったが、それは揺りかごの側に落ちた。我らの主は余がそこで死ぬことをお望みにはならなかった。

Traduït per Akio Ozaki
Jaume I, . Traducció inèdita d’Akio Ozaki.
Comentaris sobre obres
Llibre dels fets
per Stefano Maria Cingolani
Fragments
Llibre dels fets del rei En Jaume
Català modern (Bruguera) | Català modern (Pujol) | English | Italiano | Japonès | Português
Bibliografia
Altres
Cercador d’autors
A-B-C-D - E-F-G - H - I
J - K - L - M - N - O - P - Q - R
S-T-U-V-W-X-Y-Z
Traduccions de la literatura catalana
Podeu consultar més pàgines sobre la literatura catalana en traducció a:
Amb el suport de: